これからの防災気象情報研究 -ゲリラ豪雨の直前予測-

(真木雅之,日本災害情報学会学会誌「災害情報」,No12,2014

1.はじめに

2008年の夏、「ゲリラ豪雨」による被害が2か所の都市で発生した。神戸市灘区の都賀川での鉄砲水による水害と東京都豊島区雑司が谷での下水道内での水難事故である。前者は、7月28日午後に発生した「ゲリラ豪雨」のため都賀川の水位が10分間で約1.3mも上昇し、河川敷で遊んでいた市民・児童5名が流されて亡くなった事故である。後者は、8月5日昼前に発生した「ゲリラ豪雨」により下水道内の水位が急上昇し、作業していた5名が流されて亡くなった事故である。この二つの水難事故は、急速に発達する局地的大雨に対する脆弱性が都市域に内在すること、そして、局地的大雨に対して現在の監視技術や予報技術に限界があることを示すものであった。前者はいわゆる災害の素因に関係するもので、スファルト舗装の道路や密集したコンクリート建物のために都市域の保水能力が低下し、局地的な大雨があると雨水が一気に下水道や中小河川へ流れ込むことに起因する。一方、後者の「ゲリラ豪雨」は災害の誘因と呼ばれ、注意報・警報が発表されないうちに、短時間に河川や水路等を増水・浸水させ重大な事故を引き起こすことがある。災害を未然に防ぐためには素因と誘因の両者の観点から取組む必要があるが、本稿では後者の観点から、予測が困難であるとされている「ゲリラ豪雨」の最近の研究動向と今後の展望について紹介する。なお、筆者は、一般の人を対象にした講演会などではインパクトがあり直感的にイメージしやすいことから「ゲリラ豪雨」を使うことがあるが、本稿では以降、より厳密な用語である「局地的大雨」を用いる。

2.積乱雲のスケールと気象レーダ

 気象庁(気象庁ホームページ、20143月参照)によれば、「局地的大雨」は発達した積乱雲によりもたらされ、急に強く降り、数十分の短時間に狭い範囲に数十mm程度の雨量を降らす現象と定義される。個々の積乱雲はOrlanski (1975)の大気現象の分類に従えば、対流スケール(水平スケールが200m2km)に分類される。積乱雲が組織化され集団になるとその上のスケールであるメソγスケール(水平スケールが2km~20km)の領域に分類される。集中豪雨や巨大な積乱雲(スーパセル)はメソβスケール(20km~200km)、台風や梅雨前線は更に一つ上のメソαスケール(200km~2000km)に分類される(図-1参照)。

 これらのメソスケールの擾乱は我々の生命や財産に被害をもたらすため、これまで様々な観測手段による監視が行われてきた。その中で、瞬時に現象の分布を高空間分解能で観測出来る気象レーダは、メソスケールの現象を監視する有力な武器であり、第二次世界大戦後から定量的な降雨観測に利用されてきた。図-2に示すように、気象レーダは在来型レーダ(Conventional)、ドップラーレーダ(Doppler)、偏波レーダ(Polarimetric)の3つに発展時期に分けられる。これまで降水監視や天気予報に利用されているCバンドレーダは、もともとは台風,梅雨前線,集中豪雨などのメソαスケールからメソβスケールの現象を監視するために整備されたものであった。近年、よりスケールの小さな局地的大雨を監視するレーダとして、Xバンドマルチパラメータレーダと呼ばれる偏波レーダが実用化され、主要な都市域に展開された。都市型洪水の監視を目的として配備されたこのレーダネットワークはXRAINと名付けられ、その雨量情報はweb上で閲覧出来るようになっている(国土交通省Xバンド雨量情報ホームページ、20143月参照)。従来の気象レーダは、Z-R関係式に基づく降雨量推定を採用しているために精度良い観測のためには地上雨量計による調節が必須であったが、XRAINは、比偏波間位相差という情報を用いることにより地上の雨量計による補正なしで精度の良い降雨量の推定が可能となっている。加藤ら(2009)はマルチパラメータレーダの雨量精度は、気象庁のアメダス解析雨量と比較して同等かそれ以上の精度を有していること、そしてこのことは降水ナウキャストの精度向上につながることを示した。2013年から運用が開始され、1分間隔、250mの分解能で降雨量分布を提供するXRAINは局地的大雨の監視と予測の有力な手段として期待されている(真木ほか, 2013)

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3.ナウキャストの現状

(1)降水に関する予報の分類

 気象庁が発表する降水に関する予報情報には、天気予報、天気分布予報、降水短時間予報、降水ナウキャストがある(表-1)。テレビ等でお馴染みの天気予報では、翌日までの降水確率が府県単位で発表される。天気分布予報は一般には聞き慣れない用語であるが、24時間先までの20km四方の3時間降水量が予報される。天気予報も天気分布予報も更新間隔は6時間間隔で、5時、11時、17時に発表される。降水短時間予報は、6時間先までの各1時間降水量の予報で、空間分解能は1km、予報の更新間隔は解析雨量と同じく30分である。降水ナウキャストは、従来は1時間先までの10分毎の10分間雨量の予報であったが、近年、1時間先までの5分毎の降水強度の予報が新たに追加された。降水ナウキャストの空間分解能は1kmである。天気予報と天気分布予報では天気や風の予報も行われるが、降水短時間予報と降水ナウキャストは降水のみを対象とした予報である。なお、ナウキャストや短時間予報という用語は必ずしも気象学的に明確に定義されている訳ではなく、各国の予報システムによって定義が異なる。米国では、2~3時間先の予報をナウキャスト、24時間先までの予報を短時間予報と呼んでいる(American Meteorological Society, 2000)。

(2)ナウキャストの手法

ナウキャストの手法は、過去のレーダエコーを外そうすることにより予測をおこなうもので、このことが初めて示されたのは1954年である (Ligda, 1954)1960年代前半には計算機が利用できるようになり、外そうに基づくナウキャスト手法の研究が盛んにおこなわれた (Collier,1996)1980年代にはナウキャストシステムが現業で利用されるようになる。英国気象局で初めて導入されたナウキャストシステムはFRONTIERS (Forecasting RainOptimized using New Techniques of Interactively Enhanced Radar and Satellite)と名付けられ、予報官がレーダと衛星のデータの画像をリアルタイムで処理し30分程度で降雨の予測をおこなうものであった(Browning and Coolie, 1989 )。その後、改良が加えられ、現在ではNimrodと呼ばれるシステムが用いられている(Golding, 1998; 2000)。このシステムでは数値モデルの結果も考慮して6時間先までの降雨予測が自動でおこなえるようになっている。

 手法や計算技術の改良によりナウキャスト技術の向上が図られているが、ほとんどのナウキャスト手法は依然として線形予測で決定論的である。しかしながら、降水システムの振る舞いは線形ではなく、予報には必ず不確実性を伴う。これらの点を考慮したアンサンブルナウキャストがオーストラリアの気象局により提案された (Fox and Wilson, 2005)。そのシステムはSpectral Prognosis (S-PROG)と呼ばれるもので、レーダ降水分布をいくつかのスケールに分解し、各スケールに対して外そう法を適用する方法である (Seed, 2003)。この方法は、必ずしも予報精度の向上を約束するものではないが、手法が単純で計算時間が短くて済むために確率論的な予報を可能にするものである。

 ナウキャストの現在までの発展を更に知りたい読者は清水(2015)のレビューが参考になる。清水(2014)は、手法の違いからナウキャストを移流ベクトル場推定法、降水オブジェクト追跡法、スケール分解・統計法、確率密度予測法の4つに分類し(図-3参照)、それぞれの原理を詳しく説明している。

(3)降水の発達を考慮したナウキャスト

 前述したいずれのナウキャストも、過去のレーダ画像を外挿して予報をおこなう際、現象の定常性を仮定している。これに対して、境界層の情報を用いて降水の始まりを予報するシステムが米国大気科学研究センターで開発された。このシステムはAuto-Nowcast System (ANC)と呼ばれるもので、5分毎に1時間先までの降水の位置を予報する。ANCの大きな特徴は大気境界層内の収束線を検出しその特徴から降水の発生・発達・衰弱を推定する機能を備えている点である。統計的検証によれば、ANCは定常外挿法を常に上回る精度を有していた(Muller et al., 2003)。気象庁のナウキャストでは新たに発生・組織化する積乱雲や衰弱する積乱雲を予測することはできないが、直近の降水の盛衰の傾向や地形等による降水の発達・衰弱の効果が考慮されている。山岳性降水の強化は、MSM(メソスケール数値モデル)から予測される斜面上空の気温、比湿、風速をもとに、シーダーフィーダモデルを適用して予測する。一方、降水は山越え後に衰弱する傾向があることが知られているが、この効果は過去の統計的解析から求めた経験式により考慮されている(気象庁2012)。

4.直前予測の可能性

(1)先端的な機器を利用した新たな研究

 新たな気象レーダや気象観測機器を用いた積乱雲の発達直前の予測に向けた研究が首都圏と関西圏で進められている。前者は「気候変動に伴う極端気象に強い都市創り」プロジェクト(2010年~2014年)で、20を越える大学・研究機関と100名を越える研究者・防災担当者が参加する研究プロジェクトである(真木、2011)。後者は、新たに開発されたフェーズドアレイレーダを用いた研究プロジェクトで、時間変化の激しい積乱雲の3次元構造を数十秒で捉えることにより局地的大雨の直前予測をおこなおうという試みである(Ushio et al, 2013; Satoh et al., 2013)。

(2)降水コアの概念

 両プロジェクトに共通した点は、積乱雲の発生を早い段階で捉えるために、上空の降水コア(Kim et al., 2012)の検出に焦点をあてている点である。降水コアの最初の詳細な解析はKim et. al. (2012)によってなされた。Kim et al. (2012)は、当時我が国では唯一であった防災科学技術研究所Xバンドマルチパラメータレーダの観測データを解析して、2008年 8月 5日の東京の雑司が谷付近で発生した局地的大雨は「不規則型」多重セルで、長寿命のマルチ-コア対流セルと短寿命のシングル-コア対流セルの二つに分類できることを示した(図-4)。そして、対流セル内部では高度4~5kmに降水コアが形成され、この降水コアが約15分で地上に達して大雨となることを明らかにした。雑司が谷付近に豪雨をもたらした対流セルはマルチ-コアタイプで約100分の寿命を持ち、その最盛期には4つの降水コアが発達し、地上に豪雨をもたらしたことがわかった。Kim et. al. (2012)の解析結果は、上空で発達する降水コアを検出することが出来れば局地的大雨の直前予測が可能であることを示唆するものであった。中北ら(2009)も、2008年7月25日の神戸都賀川の豪雨災害事例について在来型レーダデータを解析し、地上の豪雨の前に「ゲリラ豪雨の卵」が上空で出来ていることを示した。これらの研究がきっかけとなり、降水コアに着目した研究が本格化することになる。例えば、Sato et al. (2013)は高速スキャンが可能なKuバンドレーダを用いて降水コアが地上に達するまでの過程を明らかにした。また、出世ほか (2014)は降水コアを自動で検出するアルゴリズムを提案するとともに、それをXバンドMPレーダのセクタースキャンデータに適用して降水コアが地上に達する過程を明らかにした(図-5)。降水コアを明示的に扱うものではないが、Hirano and Maki (2010)は鉛直積算雨水量(VIL: Vertically Integrated Liquid Water Content,図-6を参照)の時間変化を調べた。VILは高さhの円柱内に含まれる雨滴の量で定義され、上空の降水コアの発達や衰弱の情報が含まれる。Hirano and Maki (2010)によれば、地上で降雨が観測される5分から10分前にVILが増大した。このことは、VILの情報は局地的大雨の直前予測に利用できることを示唆している。

(3)GPSと気象衛星

 一方、豪雨の発達に必須である水蒸気の分布を検出して積乱雲の直前予測を試みる研究もなされている。Shoji (2014)はGPSネットワークデータを用いて、水蒸気に関連する3つの指標(可降水量、水蒸気の集中の度合い、高次の非一様性)と地上の降水との関連を統計的に調べた。それによれば、GPSで得られる非一様性を示す指標は前1時間10mm以上の降水と強い相関があり、局地的大雨の予測に利用できることを示唆する結果であった。

 2014年度に打ちあげられた気象衛星ひまわり8号も積乱雲の初期の発達の検出に期待されている。従来、気象衛星による観測頻度は従来、1回/30分であったが、ラピッドスキャン機能が走査されたひまわり8号では日本付近の雲の発達の様子を2.5分間間隔で観測できるようになる。

4.まとめ

最近の降水コアに関する研究成果や今後の新たな観測機器を用いた研究から、現在の技術では困難とされている局地的な大雨の直前予測が可能になるかもしれない。その決め手になるのは新たな観測機器である。図-7に新たな観測機器とその情報を用いた局地的大雨の直前予測の関係を概念的に示した。図の横軸は時間、縦軸は相対的な予測精度を表す。横軸は時間で降水ステージの始まりを時刻0としている。降水ステージでの太い実線は現状のナウキャストの精度を表している。破線はMPレーダによる降水情報の利用や降水の発達・衰弱効果の考慮、あるいはVILの利用による予測精度の改善を示している。雲ステージ(降雨が始まる前の雲の発生段階)とプレストーム場(積乱雲が発生する前の環境場)で示された破線は各ステージで期待される予報精度で、新たな観測機器の利用と関連づけられている。防災科学技術研究所では積乱雲の発生前の晴天大気から豪雨の発達・消滅までの過程を複数台のライダー、ミリ波レーダ、XバンドMPレーダからなるマルチセンシングレーダシステムにより明らかにしようとする試みが開始された。このような新たな観測機器の実用化により困難であった局地的大雨の直前予報が可能になる日は近い。

参照文献

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